Phantasy Garden

「くそ!! いったい何が起こってやがる!?」

それが分かるはずもないが、ヴィードは思わず毒づいていた。爆炎が上がったのは北西の方角。その規模から推測すると、どうやらミシェールがラフォイエを放ったらしい。ラフォイエは、フォイエ系の最上級テクニック。それだけに威力も凄まじいものであるが、並大抵のことでは連発は不可能である。順当に考えればミシェールが何らかの理由でここを離れ、エネミーと遭遇して唱えたものとなるのだが。

ヴィードは爆炎の中心地を目指しながら、いくつかの腑に落ちない点を挙げた。ひとつは、ミシェールの悲鳴が爆炎が起こった後に聞こえてきたこと。エネミーと遭遇してのラフォイエならば、悲鳴の後に爆音が聞こえてくるものではないだろうか。一瞬同時に聞こえてきたものだとも思ったが、その悲鳴は明らかにワンテンポ遅れていた。加えて、そもそも悲鳴をあげる理由が見つからない。いくら経験が浅いといっても、ミシェールもラグオルには来たことはあるはずだ。いまさらエネミーが出現したくらいのことで悲鳴をあげるとは到底思えない。まぁ、いくら見たことがあるとはいえ、生理的嫌悪から受け付けないというエネミーもいるのかもしれないが。突然それらが襲ってきては、あの気の弱い少女なら悲鳴をあげてもおかしくはない。

しかし、それにしては恐怖からくる悲鳴、という印象ではなかった。悲鳴の印象などあるのかと馬鹿にされたこともあるが、ヴィードはしばしばそういった類の勘が当たるのも自負している。あまり望ましいといえない状況で当たることが多いのだが。ヴィードの勘が正しいとすれば、なにかもがき苦しむような、耐えがたい苦痛かストレスを受けたことによる悲鳴だと思えた。

だがそうなるとさらに分からなくなる。一体何がどうなっているのだ? 自分の勘が逆に混乱を招いていた。状況がまるでわからない。ジグソーパズルの四隅だけを与えられて、全体の印象を想像しろといわれているようなものだった。

さらにあの大きな爆炎。わずかな差ではあったが、微妙に音がこだまするように聞こえた。それがどういう意味なのかはすぐに推測できたのだが、それもまたヴィードの思考に混乱を招く。考えうるのはラフォイエの連発。通常より大きな爆発、重なるような爆音とすれば、まず間違いなくそうだった。しかし、それはヒューマン、いやニューマンの精神力をもってしても成し得ない事である。

ラ系などの上級テクニックを連射するというのは、言うのは簡単だが実行すれば指数関数的に疲労が増加していくことが最近の軍部の研究で判明している。人間の脳には自分の能力を制限するリミッターがあり、本能的に自分の力を抑えている。そうしないと個として暴走を始めてしまうからだ。場合によっては死に至る――それが研究の過程で数名のニューマンの死者を出してしまった結論であった。研究の是非はともかく、ミシェールがそんなことをできるはずがないのだ。人間である以上、本能の抑止力には従うしかない。人間以上の存在か、もしくはリミッターが何らかの理由で外れてしまったか。リミッターを外すには、軍部が使用したような麻薬性薬物かそれに類似するものになる。だが、そんなものを用いる必要はない。本能の抑止をとめるには、脳の思考力低下――脳細胞を破壊すればいいだけだ。

「くそ!」

再び毒づく。おそらくはその元凶であろうと予測できるディメイトを握り締め、次の区画の扉がサーモセンサーでこちらを感知して自動で開くのを待たずに、ヴィードは強引に突破した。その区画に足を踏み入れたとたん、激しい熱波とともに生物の焼ける嫌な匂いがする。

「!!?」

思わず仰け反って、腕に鼻を押し付ける。燃え盛る炎の中心にあるのはモネスト。蚊の変異した原生生物であるモスマントの巣である。辺りには熱でやられたのか、モスマントが数匹地に伏していた。だがしかし、それだけだった。肝心の、こちらが探しているミシェールがいない。かきむしられるような恐怖感を覚え、思わず息を漏らす。まだ間に合う。そうとだけ祈りながら。

「ラバータ!!」

氷系最上級テクニック『ラバータ』。ラフォイエの炎に対抗するにはこれしかない。ただし、テクニックの行使を専門としたフォースが放ったラフォイエに、言ってしまえばついでにという感じで覚えたハンターのラバータがどこまで通用するのかは甚だ疑問であったが。しかし実際、ミシェールの集中が緩んでいたのだろうか、鎮火は何とか成功したようであった。凍てつく風と氷柱をまともに受け、先ほどまで炎上していたモネストも完全に凍り付いている。冷気の風はそれだけにはとどまらず、ヴィードの周囲一帯のほとんどを氷で覆い尽くしてしまっていた。

普通に考えれば辺りが氷で覆われるだけでも重大な事件だが、これはテクニックのフォトンによって凍り付いているだけである。精神波によるフォトンの干渉を無くせば、辺りの冷えた温度は戻らなくても、凍てついた氷は解除できるのだ。ヴィードは腕を一凪ぎして、凍てついた世界を元へと戻す。腕を振ること自体に意味はなかったが、意識を集中してイメージするにはちょうどよかった。

それと同時に激しい疲労が体を襲ってくる。テクニックの反動、というものである。普段は使わないことなので慣れていないのと、最上級テクニックの反動というハンターには少々厳しすぎる疲労が相まって、ヴィードは堪えきれずに膝をついてしまっていた。

「……………………はぁ…………はぁ…………」

焦りか疲れか。それさえも判断できないほどにヴィードの思考は混乱していた。それでもまだツキは残っているようだ。炎上していたところから急激に冷やされ、細胞が壊死して崩れていくモネストやモスマントの周囲には、こちらの尋ね人はいない。少しだけ顔を上げ、記憶の中にある現在位置と区画を区切る扉の位置を脳に思い出させ、疲労を訴えてくる筋肉をさらに酷使する。どうやらミシェールはまだ先のほうにいるようだった。普通なら閉じられているはずのゲートが、人の存在を感知して開いている。モネストやモスマントが消え、エネミー反応が消失したことで開く形式ではなさそうだった。なぜなら、すぐそばにまだエネミーが存在するからである。

「グァッ!!!」

音もなく背後に回りこんでいた緑がかった体毛を持つ狼『サベージウルフ』を一瞬だけ翻った刃に叩き伏せる。非常に獰猛で、動物的な知能に優れた狼の原生生物である。遠巻きにこちらを窺っているはずのサベージウルフの親玉、バーベラスウルフがいることは気配でわかっていた。知能は動物的でありながら集団で狩を行い、リーダーであるバーベラスウルフの指示でしか統率の取れない狼。それがサベージウルフの生態だ。バーベラスウルフはサベージウルフを率いるリーダーではあるが、その能力・生態にさしたる違いはない。ただこちらも、そんなザコにかまう余裕はない。

「失せろ」

と、言っても無駄だとは分かっていたが。ヴィードが膝を上げると同時に、すぐ近くの茂みの中から十数頭のサベージウルフとひときわ青の体毛が印象的なバーベラスウルフが飛び出してきた。だがすぐに飛び掛ってくることはなく、やはりこちらの様子を窺うようにゆっくりと周りを取り囲む。待っているのだ。こちらが隙を出す瞬間を。

「てめぇらのようなザコに構っているヒマはねぇんだ。退け……!」

怒気を孕んだ、しかし押し殺したような声でヴィードが呟く。もちろん人の言葉などをサベージウルフらが理解できるはずもないが、まるでこちらの言葉に反応したかのように――実際ただそれを隙と見たかもしれない――死角から牙を剥き出しにして襲い掛かってくる。いや、正確には死角であった場所。爆発的な速度で、すでにヴィードは包囲を突破し、翻って左手にハンドガンを構えていた。立て続けに三発。フォトンの発射される無機質な音が響く。狙いは少し甘かったが、それは確実にバーベラスウルフに直撃していた。一撃では倒せなくとも、三発を眉間に受ければ立っていられるものでもない。ぐらりとバーベラスウルフの体が傾き、そのまま何も音を立てることなくその骸は地に伏した。刹那、サベージウルフたちに動揺が走る。リーダーを失ったことで、一瞬の隙が生じた。

ヴィードはその隙を逃さず、圧縮して強化したフォトン弾――圧縮に多少時間が要るが、サベージウルフの隙を見てするには容易かった――を、今度は正確にサベージウルフの急所を打ち抜いていく。サベージウルフらは逆上してはいるが、リーダーを失って統率を欠いているために、逆に狙いをつけやすい。強化フォトンがサベージウルフの急所に命中していき、まさに一撃必殺で葬っていく。危険を感じ取ったか、あるいは本能的にか、統率は取れていなくとも個々に散開し、こちらを包囲しようと素早い動きで側面へ回り込んでいく。

だがヴィードも簡単にはそうさせない。わずかな挙動でハンドガンをしまいこみ、右手で古代の剣を握り締めて突進する。遅れてヴィードの首があった所をサベージウルフの牙が通過し、それには気にも止めずにヴィードは狙いを済まして二匹のサベージウルフを叩き伏せる。そのままきびすを返しながら剣を左手に持ち替え、右腕を振り上げる。襲い掛かってくる数匹のサベージウルフを前に、自分の身体が持つことを祈りながら。

「ギゾンデ!」

ヴィードの精神力がフォトンの恩恵によって具現化され、辺りを伝う雷撃となってサベージウルフたちを弾いた。さすがにミシェールが使っていたような威力を求めるのは不可能だが、相手を怯ませる程の威力はある。不用意に間合いを詰めたサベージウルフたちを叩き伏せるのに必要な時間を作るには、それで十分すぎるほどであった。

ほどなくして、完全にサベージウルフたちの動きはなくなった。敵の第三波もやってくる気配はない。

「……………………やりすぎたか…………」

肩で息をしながら、かすかに呟く。感情が爆発しそうになるのを、エネミーを倒すことで吐け口にしてしまっていたのだ。別にそういった理由でエネミーを倒したからといって、誰が責めるわけでもない。ただの、自責の念だった。しかし、今の疲労した身体には、わずかな気の緩みで失神を訴えかけてきかねないほどの重責であるのも否定しがたい事実であるが。

「ち…………ディフルイドはどこだ……」

腰につけたアイテムボックスの中に手を突っ込んで、ディフルイドを探す。が、返ってきた手ごたえはいつもと違っていた。怪訝に思ってアイテムボックスを覗き見ると、そこにはただ虚ろに光を反射する液体があるだけ。ようやくヴィードは、自分で汲んできた水しかないことに気が付いた。全くもっての失態であったが、今はそのわずかなミスが命取りになりかねないことを改めて感じさせるものであった。見た目には綺麗だが、何が含まれているのかわからない水を口にするわけにもいかない。もとより、水を飲んだところでディフルイドのように、テクニックの行使に必要なエネルギーといわれる『テクニックポイント』の回復を促してくれるわけでもない。ハンターズスーツは完全防水性であるため、水が染み込むことはないのだが、ヴィードは手袋にすくった水がこちらを蝕むかのように染み込んでくる感じを覚えた。それが嘘の感覚だと分かっているはずなのに。

満身創痍といっても差し支えないくらいあちこちの関節が痛みを訴えているが、しかし休むわけにはいかない。気力を振り絞って身体を奮い立たせ、物言わぬ屍を背にして扉へと近づく。だが扉が開いた瞬間、ヴィードは痛みと疲れを忘却して思わず駆け出していた。

およそ数メートル先。広めの区画の中央に、ミシェールは眠るように仰向けで倒れていたのだ。近くにエネミーはいない。ミシェールが倒したような、戦闘の後も見られない。だがそれは不幸中の幸いというべきか、とにかく最悪の事態は回避できたようだった。ミシェールの顔にはしっかりとした血の気がある。本当にただ眠っているだけだった。特にこれといった外傷も見当たらない。ほっと安堵の息を――それすらでたかどうかは怪しいが――漏らし、ゆっくりとミシェールの上体を起こす。

「おい、ミシェール。こんなところで寝てるな。起きろ」
「う………………」

ミシェールがわずかにその瞼を開ける。しかしヴィードは、ミシェールの顔が火照っているように見えたのが気になっていた。走り回って疲れたのだろうか。いや、それ以前に足の捻挫はどうしたのだろうか。

怪訝に顔をしかめていると、ミシェールがこちらを見上げていることに気づく。相手を安心させるため、無理やりに笑みを作って、

「いったいどこに行こうとしたんだ、ミシェール? あそこから動くなといったはずだろ?」

もしかしたら疲れでちょっと顔が引き攣っていたかもしれない。自分でも多少の自覚はあったものの、しかしミシェールの表情に何ら変化はなかった。

「……………………?」

怪訝に思う。この内気な少女のことだから、喋ることはしなくともある程度リアクションがあるものと思っていたが。全く何も反応を示さないというのは、ヴィードの予想外のことであった。

「どうした、ミシェール?」

無言。しかし、今度は表情に変化があった。わずかに潤んだ瞳をこちらに向けながら、ミシェールが笑う。微笑むという感じではなかった。なんというか、とびっきりの悪戯を思いついた少女の笑顔、という感じだった。それにどうすることもできず、ヴィードはミシェールの背中を支えて硬直していたが、しかし頭の中では激烈に嫌な予感がしていた。

そこは一面真っ白の世界だった。淡い、粒のような光があたりに浮いているようにも見えるし、何かを目指すように何処かへと流れているようにも見えた。ただそれがなんなのかは分からない。いや、分かっているかもしれないが今の自分にはどうでもいいことであった。

「気持ちいい………………」

そんな言葉を呟いたのだろうか。口を動かしたかもしれないが、自分の耳には入ってこない。ゆえに、何を言ったのかは分からない。しかしそれさえもどうでもいい。鬱屈した悩みを吹き飛ばすように、高揚感が自分の中から湧き出して世界を形作っている。それだけは理解した。

ある種の万能感とも言えるだろうか。今の自分を誰も止めることはできないし、また誰にも捕まることはない。風の唄を歌うように。鳥の声を紡ぐように。秘めたる心のうちから自然と溢れ出てくる言葉をなぞるだけで、ただそれだけのことが快感を与えてくれた。

辺りは相変わらず白い霧に包まれている。何も見えないにも関わらず、自分がどこを目指すべきか分かっているかのように足が赴くようだった。実際その流れに逆らうつもりもなかったし、頭の何処かでそう告げているような、天啓のような感覚も覚えた。

これから自分は何を為すのか。何が為せるのか。今は何も分からない。だけど、信じる道を進めばそれが分かるような気がした。

ふと気が付くと、あたりは少し様変わりしている。一面の白だったはずだが、わずかに緑が萌えゆく様が見え、鳥が、動物が、こちらを祝福してくれている。それらに微笑み返し、再び歩み始める。心の映す処、あるべきかの地へと。頭が分かっていなくとも、足は独りでに道を決めている。何者かに導かれるように、暖かな陽光の差す森林の中を進んでいく。そう、今、自分を邪魔するものは何もない。

そこは一面真っ白の世界だった。淡い、粒のような光があたりに浮いているようにも見えるし、何かを目指すように何処かへと流れているようにも見えた。ただそれがなんなのかは分からない。いや、分かっているかもしれないが今の自分にはどうでもいいことであった。

「ひぁぁぁあうぁぁうあうぉぇぇぇ!!!」

そんな言葉を叫んだのだろうか。口を動かしたかもしれないが、自分の耳には入ってこない。ゆえに、何を言ったのかは分からない。しかしそれさえもどうでもいい。鬱屈した悩みを増幅させるように、虚無感が自分の中から湧き出して世界を形作っている。それだけは理解した。

ある種の絶望感とも言えるだろうか。今の彼女を誰も止めることはできないし、また誰かが捕まえることもできない。とにかく、ミシェールが適当に乱射しまくるバータ系のテクニックのせいで、辺り一面はまさに氷の世界だった。さすがにフォースのテクニックとでも言うべきか、自分がラバータで作ったかりそめの氷より、質が遥かに違う。

「まさかこんなことになるなんてなァ……」

そう、まさかミシェールがディメイトに含まれていたアルコールを飲み、酒乱状態に陥っていたとは。無論、普通はディメイトなどの疲労回復・怪我の治療を促進する薬にはそんな成分は含まれていない。わずかではあるが、法律で飲酒を規制されている年齢を下回るハンターもいるのだ。加えて依頼に従事している間に、酒などのアルコール類を摂取するわけにはいかない。

アルコールは脳細胞を破壊する。それほど急なものではないが。さらにアルコールが体内でアルデヒドという毒素に変化すると、身体に異常をきたすという。このアルデヒドもさらに分解されて無害なものへと変っていくが、人によっては無害化するまでに時間がかかることもある。俗にいう泥酔状態に陥る――昔読んだ文献の中に、そういった記述があったのをヴィードは思い返していた。

ミシェールが無事だったのは良かったが、敵味方見境なくテクニックを乱射するせいで近づくに近づけない。集中が緩んでいるために当たっても死ぬほどの威力はない。が、まず間違いなく凍傷程度は起こしてしまうだろう。ミシェールが酒を持っていたこと自体予想がつかなかったが、ミシェールが酒に弱い、というか本当に本人なのだろうかと疑うくらい性格が変わるというのは連想するものがまったくない。しかし先ほどから続いているミシェールの哄笑――高笑いとでもいうべきか。声は間違いなく、あの内気な少女のものであった。その分厄介なことではあったが。

ともあれ、この事態を何とか収拾しなければならない。ミシェールのテクニックポイントがどれだけ持つのか知らないが、まさか無限にテクニックを放てるというわけではないだろう。案の定、哄笑はとまらなかったが数歩も歩かないうちにバータ系のテクニックの乱射は収まった。ミシェールの額にはわずかに玉のような水が光を受けて鈍く反射している。

アルコールを飲むことで、多少の痛みや疲労は感じなくさせることができると聞く。それならば酔ったミシェールが、捻挫した足の痛みを忘れ、勢いのままにそのあたりを歩き回ったのもうなずける。まぁ、何故そんなものを持っていたのかは今の情報では推測できないのに変わりないのだが。それは後からでも検証できることだ。

テクニックによる精神疲労が襲ってきたのか、ミシェールは先ほどからその場に足を止め、特になにをするもなく佇んでいるだけだった。さすがにこんな状態では調査も何もあったものではない。それはヴィードの率直に思うところである。

任務への従事中に酒を飲んだとなれば、ギルドのほうから処罰が出るのは明らかだが、まだハンターズとして活動を始めたばかりともいえる少女の未来を潰すこともなかろう。この少女が自らアルコールを持ってきたとは考えにくいが、事実の究明をした後で判断しても遅くはないはずだ。そのためにはまず一度パイオニア2に帰還したほうがよい。親権者であるアンドロイドのレンジャーに引き渡しておけば、あとはこっちで片をつけられるだろう。

ヴィードは一息でそこまでの打算を立てると、多少の警戒を交えながらミシェールに近づく。おそらくはテクニックを発動させるために最低限必要なテクニックポイントを使い切ってしまい、佇むしかできなくなったのだろうとは思うが、万が一に備えて極力注意を払う。

「ミシェール、大丈夫か?」

相手を興奮させないように言葉を選んで、慎重に歩み寄る。その言葉に気づいたのか、ミシェールはすっとこちらを向いた。満面の笑みは崩さないそのままに。

「どーかしましたかー? ヴィードさーん?」

ある程度意識はあるようだが、顔は完全に上気しておりそのろれつも心許ない。

(――完全に出来上がっちまってるな…………)

それがヴィードの素直なところであった。なんというか、辛い、現実であったが。思えばミシェールが捻挫する前、その顔が上気していたのも気のせいではなかったのではないか? ディメイトの残量からすると、それほど大量に飲んだわけでもなさそうであった。しかしミシェールは現状の通り。つまり、とことんアルコール類に弱い、というわけである。それならばわずかな芳香でさえも敏感に感じ取って、顔が上気していたとすれば納得できる。はた迷惑であるが。

少女のほうはこちらの内憂も気にすることなく、相変わらず笑みを浮かべている。思いつめていたときの表情――なんとはなしにそう思えたのだが、淡白な表情よりはずっと愛らしい。これがアルコールのせいでなければ、とは思うがどう思おうと詮無いことである。

「ちょっと疲れちゃいましたー」

そういってディフルイドを取り出したのはミシェールである。あれだけのテクニックを見境なく放っていたのだから疲れて当然だろう。アルコールに酔っているせいで、そのあたりを理解しきれていないようだが。ヴィードはパイオニア2に帰還するためにリューカーを唱えつつ、ミシェールのその様子を眺めていたが、ある思いにたどり着いて慌てて中断した。

(――まさか、そのディフルイドにもアルコールが含まれているのでは!?)

「ミ…………!!」

その名を呼ぶ暇さえ。ミシェールはディフルイドの飲み口を片手で器用にあけると、一息のもとにそれを飲み干してしまった。

「…………!」

何かを言おうと口を動かしてはみるものの、なぜか言葉が出てこない。勘よ、外れてくれ――。

しかしこういった場面が最も当たってしまうのも悲しい経験だった。わずかに漂ってくる甘い芳香がこちらの感覚を麻痺させてくる。分かっていたが、理性がその理解を拒んでいるように思えた。そして、しばらくの間ミシェールはとろんとした瞳で虚空を見つめていたが、やおら口の端をにぃっと吊り上げると、

「えへへー…………なんだかこのフルイドもおかしな味がしますねー…………」

(――だったら、飲むな!)

頭を抱えてそう叫びたい気分であったが、ここで相手を興奮させてしまっては何をするものか分かったものではない。フルイドはメイトとは対照的に、テクニックを扱うことによって消耗したテクニックポイントを回復させる薬である。簡単に言えば滋養強壮剤の一種ともいえるだろうか。一瞬でテクニックポイントを回復させるものとして、ハンターズのテクニック使用に貢献するものである。何故メイトもフルイドも、失った体力やテクニックポイントを一瞬で回復させられるのか。ナノマシン技術を応用しただの、一時的に細胞を活性化して表面上は一瞬で回復し内面で徐々に回復しているだの、いろんな学説がある。そもそも体力の定義、テクニックポイントの源はなんなのか、それさえもよく分かっていない。体力が尽きた、と思っても身体が動くときもある。テクニックポイントは精神力に依存しているということまでは分かっているが、直結しているわけでもないのだ。

だがとにかく、ただのしがないハンターであるヴィードにはそんなことはどうでもいいのだ。問題は、それを飲むことによって、疲弊した身体でのテクニックの再使用が可能になるという事実。

「うふふふふふふふ………………」

ミシェールの目がきらんと光った――ような気がした。ばぢっばぢっと、ミシェールの手が雷光を疾らせる。半眼となったその瞳には、何が映っているのか。少なくとも敵味方の区別はついていないだろう。ともすれば、自分が何をしているのか分かってないのかもしれない。そんなフシも多々あるのだ。

「ひぁぁぁぁぁああわうぅあぁ!!」

ミシェールを中心に、辺り一帯が雷光に包まれる。ラゾンデではない――そんなものを繰り出されれば、こちらの意識がすでに飛んでいる。おそらくゾンデ、ギゾンデを連続的に放射しているのだろう。十分危険だが。雷光の間を縫うように、ヴィードはミシェールから距離をおく。幸い古代の剣の刀身は電気を伝えにくく、蛇が這うように襲いくる雷撃を弾き散らすことができる。だが完全に見切れているわけではない。そもそも電撃の伝う様子を肉眼で捉えるのはほぼ無理である。たとえ補足できても思考が追いつかない。ヴィードにできることは、ミシェールの腕の動きを見切って雷撃の飛ぶ方向とタイミングを予測してかわすことだけだった。それも極度の集中が必要で、疲労の激しい今の身体では果たしてどれほど持つか。運が悪ければ雷撃の一つでショック死してしまう可能性もあるのだ。ハンタースーツがいかに防御してくれるとはいえ、電撃を防ぐにはそれなりの装備がいる。

「…………!? 間が悪すぎるぞ、テメェら!!」

しかも人の気配を察知したのか、それともミシェールのテクニックで炙り出されたか、地面から這い出してくるブーマ、ゴブーマ、ジゴブーマのブーマ三種。

「あはははははははははは!!!!」

エネミーの出現によってミシェールの哄笑がさらに大きくなる。

(――どうでもいいけどミシェール、性格変わりすぎ……)

絶対にミシェールを酒の席に誘ってはいかんな、などと場違いなことを考えながら、ヴィードは手近に出現したブーマを斬り伏せる。以前のミシェール、というか酒を飲む前のミシェールは、原生生物たちの骸にさえ祈りをささげていた。しかし今は多分目の前のエネミーが見えてないのだろう、巨大な雷撃の束を鞭のように薙いで弾き倒していく。高笑いをあげながら。

(――はっきりいって、その目が狂気を帯びていたらめっちゃ怖いんだが……)

そういう様子はないのだが、どちらにしろ始末が悪い。満面の笑みを浮かべながら、電撃に対する耐性の低いゴブーマはともかく耐性のあるブーマやジゴブーマまで、ギゾンデの鞭の一撃で葬っているのだ。その潜在能力は推して知るべし。そんなとばっちりを受けようものならこっちの身体まで吹っ飛ぶことは分かりきっている。フォローはできないが、することも必要ないくらいだ。

自分の足元を一メートルはあろうかという厚さの雷撃の帯が通過するのに絶句しながら、ヴィードは入ってきた方向と逆側の扉から区画を脱出する。

「あはははははは!!」

ミシェールの哄笑がさらに大きく響き、扉が閉まると同時に巨大なエネルギーが収束するのが気配でわかる。

(――来る……)

そう思った瞬間、何かがはじけた。幾重も重なったガラスが一気に割れるような甲高い音、といえばそれに近いだろうか。自動扉に遮られた遥か上方の視界にある木の枝が、そのエネルギーを受けて凍りつく。おそらくミシェールが本気でラバータを放ったのだろう。アルコールに酔っていてもテクニックを収束させて放てば、理論上は十分な威力を発揮できるはずである。むしろ、その威力は素面のときよりも遥かに上回っているんじゃなかろうか。凍り付いて開かなくなった自動扉を他人事のように眺めながら、アルコールの恐怖をかみしめていた。

だがぼんやりしている場合ではない。今のミシェールならテクニックを暴走させてしまい、自分にも被害を及ぼしかねない危険性がある。悠長に回り込んでいるヒマもないか――とっさにそう判断すると、凍った自動扉を見据えて剣の切っ先を下げ、逆袈裟斬りから自動扉を真っ二つにする。

(――これ、壊した後は誰が直すんだろう……)

そもそも誰も壊しはしないのだが。たぶんまた巨額の賠償請求が来るんだろうなぁ、と寂しくなる懐に嘆きつつ、ヴィードは再びある意味凄惨な戦場と化している区画へと踏み込んだ。

「ミシェール!!」

先ほどのラバータでテクニックポイントがまた底を尽きたのだろうが、ミシェールは半眼の薄ら笑いを浮かべながら、ちょうど逆側の、つまりヴィードがはじめに入ってきた側の扉に背を押し付けて佇んでいる。その様子は見えるのだが、なにせラバータの影響であちらこちらから氷柱がその先を空に伸ばしており、なかなか複雑な迷路となっている。そのところどころに、あるいは灼きつき、あるいは凍りつき、無残な骸と成り果てたブーマたちが地に伏していた。

「そこを動くなよ、ミシェール!」

聞こえているのか聞こえていないのか、相変わらずその焦点の合わない瞳で虚空を見つめているだけであった。ちっ、と小さく舌打ちして突き出た氷柱の迷路を駆け抜ける。通常の氷柱であれば切り倒して進みたいところだが、テクニックで生成された氷はその使用者の精神力に左右される傾向がある。遥か上方の枝まで凍りつかせてしまう今のミシェールの精神力に、自分の剣技がどこまで通用するか。まかり間違えば手痛い目に遭うのはこちらのほうなのだ。迂闊に手を出すわけにはいかない。

とはいえ、行ったり来たりを繰り返し、エネミーの死骸を飛び越え行くのはさすがに時間がかかる。ミシェールにはこの氷を解除する気がないのか、それともコントロールを失っているのか、ただ視界を覆い尽くす氷を眺めているだけであった。そして、ミシェールの身体が動く。

「ミシェール!!」

二度目の叫び。しかしミシェールは、くすっと悪戯な笑みを浮かべ、左手に持った小さな容器に口をつける。

「お…………!」

手の隙間から見えたその文字は、トリフルイド。それを一気に喉へと流し込んでいった。トリフルイドは、フルイド系最上の回復力を持つ薬で、飲んだもののテクニックポイントを極限まで回復させる。テクニックを多用するフォースにとっては欠かせないアイテムだ。だがヴィードには、幾度になるか分からない嫌な予感が募るだけだった。いや、もうすでに完全に酩酊しているのだから意味がないともいえるが。ただ、ミシェールが再びテクニックを――今度は精神力を完全に回復させて放ってくるはずだ。

(――なんかもう…………ほとぼりが冷めるまで逃げていたい……)

ぼやきはしなかったが、心持ち肩を落としてその場に足を止める。迂闊に動くことはできないが、それで状況が好転することもない。しかし動けば、状況は悪化するだけである。

「ヴィードさんもー一緒に飲みませんかぁー?」

屈託のない笑顔でこちらに向かって手を振るミシェール。その言葉を素直に受けられればどれほど楽だろうか。しくしくと痛む胃を抑えつつ、ヴィードは声をあげた。

「飲みませんかぁじゃねぇぞ、ミシェール!! いい加減テクニックを解いてくれ!!」
「ほぇー? なんのことですかー?」
「一旦パイオニア2に帰還しなければならん! これ以上状況が悪化する前に!!!」
「えー?」

分かってるんだか分かってないんだか――おそらく分かっていないだろう、ミシェールは不思議な顔をして首をかしげる。ヴィードはじとっとした汗をにじませ、説得の言葉を次々と浮かべていくが、

「あー、分かりましたー。ヴィードさん怖くなったんでしょー?」

(――お前の酒乱には十分なほど恐れおののかされたわ……)

痛みを訴えつづける胃に手を当て、説得も無理かなぁと絶望感に襲われるヴィードであった。

「別に帰りたければーお一人でどうぞー。私はーもうちょっとー遊びたいですぅー」
「遊びたいとかそれ以前に! 酔っ払いを野放しにしておけん!!」

(――つか、あれは遊びだったのか…………?)

ミシェールの遊びで殺されかけた情けなさとともに、やるせない虚しさがヴィードの頭にのしかかってくる。

「酔っ払いー? ヴィードさん、お酒飲んでるんですかぁー?」

完全に自分のやってることが分かってないミシェール。たぶん、こっちの言葉を覚えず、片っ端から忘れてしまっているのだろう。

「お前だお前!! とにかく! 一旦帰るぞ!!」
「やーですぅー」

ぷちぷちぷちっとグロス単位で血管が切れたような音が聞こえてきた――かもしれない。立ち上る怒気を押さえ込み、ぜーはーと深呼吸をして気持ちを整える。宥め役のこっちがキレてしまっては、もはやラグオルに安住の地はないだろう。

(――頑張れ、俺)

ヴィード自身もかなり混乱してきているのにまったく気づかないのだが、まだ思考は安全を望んでいるようであった。しかし、ミシェールはぶんぶか頭を横に振ると、にぃっと再び口の端を吊り上げ、

「……!?」

子供の胴回りはあろうかという太さの氷柱が、厚さが五十センチにも達する氷壁を突き破ってヴィードの脇を危うく通り過ぎる。まだ相手が仕掛けてこないという油断もあったかも知れない。しかし今の一撃は、ようやく身体をそらす程度の反応時間しか与えないものだった。

(――速い!?)

冷気を地に這わせるように投射するテクニック、バータではない。その一段階上、氷柱と冷気を望む方向に発生・放出するテクニック、ギバータ。本来ならその発動を見てからでも、この距離なら余裕でかわすことができるはずである。が、ミシェールのギバータはそれさえ許さなかった。底が知れない。精神力の質と量が、ヒューマンのレベルをゆうに超えている。

「あははははははははは!!!」

ミシェールの哄笑が辺りの氷に染み渡った。そしてミシェールがくるりときびすを返し、区画の扉を通って姿を消す。ヴィードも、小さく舌打ちして突き破られた氷壁を崩し、その後を追いかける。ミシェールはこの氷をいつになったら解除するんだろうか? いい加減維持するのにもテクニックポイントを消費してしまうはずだが。

凍りついた草を踏み越え、手を伸ばせば扉に届く距離にまで来た瞬間、

「ぬわ!?」

甲高い音とともに、背中に冷気が吹き付けてくる。ミシェールがラバータの氷を解除したのだ。同時に背に悪寒が走る。理解が及ぶ前に、すでに身体が動いていた。前方へとその身を投げ出して。崩れ去っていく氷の上を滑り、ヴィードが身を起こして扉を確認したときにはすでに扉が氷によって閉ざされていた。ミシェールが自動扉ごと氷漬けにしたのだろう。氷壁を崩し、こちらの注意をそらした瞬間に氷で道を塞ぐ。運が悪ければ扉と一緒に氷漬けになっていたかもしれない。戦場での駆け引きを知らない少女が、ここまでできるとは思っていなかったが。

(――幾多もの修羅場をくぐり抜けた経験はあるが、もしかしたらこの少女が一番手ごわいのかも知れん……)

アルコールで豹変した少女のしたたかさに舌を巻きながら、ヴィードは一度脱出した扉のほうへと向かう。氷漬けにされた扉はさっきと違い、扉そのものが完全に氷で覆われているのだ。それをすべて壊すよりは回りこんだほうが速い。そう踏んでのことだった。頭の中の地図を展開し、ミシェールの行動を予測――できないが。適当に当たりをつけ、回りこむルートを描いていく。Vの字に折れ曲がった道を抜けた次の区画から、一番初めに襲われた広い区画が見えるはずである。飛び降りるには多少の高さがあるものの、贅沢は言っていられない。ミシェールがどこに行くにしても、その区画は通らなければならないはずである。ただラグオルに降りるときに使ったパイオニア2との連絡路の位置から推測すると、ミシェールが次のエリアにいってしまう可能性もある。

(――上手く戻ってきてくれればいいんだが……)

アルコールで方向感覚がなくなっていれば、行くか行かないかなど確率は半々である。通路を抜け、区画へと足を踏み入れ辺りを確認する。センサーに反応するエネミーはいない。これは運が良かった。向かって左、多少視界の開けたその先にさっきの区画が見えている。さらに遠くにはまだ足を踏み入れていない区画へ通じる扉も見える。ミシェールの姿はここからは確認できない。まだ一つ前の区画で手間取っているか、さっさと次の区画へ進んでしまったか。

前者だと望みをかけ、視界の開けた場所へと近寄っていく。その先は崖。飛び降りれば早いが、下が茂みで足元が確認できない上に相当の高さはあるのだ。ちょっとした高さの木の頂点から飛び降りるくらいだろうか。

(――迷っているヒマはないな)

すくっとその場に立ち上がり――地面がゆれ、身体が前方に投げ出される。

「おわぁぁぉぇぉぁぁ!!??」

幾度目の悲鳴だったろうか。ちょっとだけ走馬灯のようなものも見えはしたが、とっさに掴んだ木の蔓のおかげでなんとか助かっていた。その代わり、今のでかなり擦り傷、切り傷を作ってしまったが。

「…………ったく…………。上級テクニックのオンパレードでやってやがるな……」

崖が揺れる寸前に見えた黄金の光。おそらくはミシェールのラゾンデであろう。使用者を中心とした空間にギゾンデを投射するゾンデ系最強のテクニックである。その効果範囲はどのテクニックよりも広く、距離をおいていない限りよけることはまず不可能。強力無比なテクニックの一つである。普通は距離をおいたここまでの地盤を揺るがす威力はないのだが、今のミシェールのテクニックレベルは常識では推し量れない。

とりあえず、宙に逆さまの状態では考えもまとまらないので、服に引っかかった蔓などを払い、最後に掴んでいた蔓を放して器用に身体を反転させながら地面に着地する。

「……レスタ」

瞬間的に唱えたテクニックが、自らの身体に負った傷を癒していく。唯一の回復テクニック、レスタ。ある程度の距離までその効果が及ぶ、ハンターズには必須のテクニックである。これが使えるか使えないかで戦況が大きく変わるほどに重要なテクニックだ。もちろんヴィードのようなハンターが唱えるものよりも、たいていはフォースの唱えるレスタのほうが優れている。が、今はヴィードのレスタでも十分である。その分、前回の戦闘でかなりのテクニックポイントを消耗しており、もう後一、二度レスタが使えるかどうかという程度にしか残っていないのだが。

すぐさま茂みから立ち上がり、光の見えた方向へ走り出す。やはりコトはうまく運ばないようにできているらしい。先に進んでしまったミシェールを追いかけ、ヴィードは舌打ちした。ラゾンデの影響か、壊れて閉じなくなった自動扉を抜けて次の区画へと進む。焼け焦げた匂いとともに、辺りに散らばるアイテムボックスの残骸、植物の灼けた跡、原生生物の骸などなど――それらがすぐに視界に飛び込んできた。さらにその次の区画。同じような光景の中に、一つだけ違うものがある。

「やっぱりいっちまったか……?」

次のエリアへの転送装置を見つけ、ヴィードは溜息をついた。しかし、それでもほうっておけない自分になぜか笑いがこみ上げてくる。羽音が木霊するような音を聞きつつ、ヴィードは転送装置を動かした。

雨音が支配する空間で、耳を劈くような激しい雷鳴に思わず身をすくませる。別に自然現象ではない。ミシェールの放つラゾンデが、雨の影響を受けてさらにパワーアップしているのだ。見境なし、容赦なく荒れ狂う雷の嵐の位置を手がかりにミシェールを追うが、前のエリアと比べると敵のレベルが高く、またその数も多い。

(――そもそも見つけたところで近づく手段がないんじゃないか……)

などと絶望的なことも思い浮かんだのだが、あえてそれは無視することにした。こちらを認識すれば攻撃の手を多少は休めるだろう。おそらく。

全然根拠のない希望だったが、とにかく今は見つけて宥めるしかないのだ。そのままパイオニア2に連れて行っても、今までの行動を総合して導き出される結論では、パイオニア2を破壊されかねない。幾度目かの雷。もう自分が泣いてるんだかなんだか、顔面泥まみれのぐしゃぐしゃになっていた。雨のせいだと思いたい、と考えればしくしくと胃が痛む。

ミシェールに追いついたのはセントラルドームの高台――その手前の広場に入ったときであった。ミシェールはすでに高台のほうに移っており、広場のほうにはヒルデベアが数匹たむろしている。ミシェールは無視してさっさといってしまったらしい。

(――どう考えても酔っ払ってる状態ではヒルデベアの相手はできねぇだろうけどな……)

かといって、その酔っ払って平衡感覚がなくなっている状態で転送装置にたどり着くのも難しいとは思うのだが。ラゾンデで怯んだ隙に向かっていったのだろうか。熟練の手練れ並の鮮やかな行動に舌を巻きつつ、ヒルデベアと対峙する。相手は――四匹。油断しなければ、勝てない数ではない。転送装置は広場の奥まったところにあるらしく、視界にはそれらしきものはない。ミシェールのように無視していきたかったところだが、あいにくこちらはテクニックポイントが底をついている。精神の消耗も激しく、まともにテクニックを唱えられるかどうかさえ怪しい。

ヒルデベアのうち一体が天に向かって一声吼え、こちらに向かってその腕を振り下ろしてくる。その動きをしっかりと見据え、すんでのところでその腕を受け流し、上体が泳いだところを斬りつけた。苦悶の声をあげ、身体を仰け反らせるヒルデベア。噴出してくる体液をかわして、もう一撃を叩き込む。

「――!!」

刹那、ヒルデベアの身体を雷撃が突き抜ける。ヴィードは慌てて剣をひき、大きく後ろに跳び退ってとばっちりを避けた。自然現象の雷ではない。もしそうなら、これほど巨大な雷紋ができるはずがない。それこそどれほどの嵐でないと生じないものか、皆目見当さえつかないほどに。

「ミシェール!!」

高台のほうを見上げ、その名を呼ぶ。考えなくとも、あの雷を発生させたのは誰だか分かる。ミシェールは、今までと同じくただ微笑を浮かべるばかりであった。ぼんやりとした瞳で。雨に濡れてもその上気した表情が変わることなく。

「あれぇー? ヴィードさんー、なんでーここにいるんですかぁー?」

間の抜けた声に、思わず立ちくらみを起こしそうになってしまった。

(――俺に気づかずにゾンデを放っていたんかぃ!)

心の中で突っ込みを入れておく。ヘタすればヒルデベアと一緒に昇天しているところであったのだ。

「まぁーいいかぁ」

(――きっぱりとよくない)

俺の命ってそんなに安いんだろうか、などと鬱になるようなことを考えながら、ヒルデベアの腕の一撃をかわして叩っ斬る。図体が大きいため、攻撃から攻撃へのテンポが遅いところにつけこめば、たいして問題にはならない相手だ。

「いいか、ミシェール!! 頼むからそこを動くなぁァァ!!??」

ミシェールへと勧告を送るために一旦ヒルデベアと間を置き、向き直ったところに飛んでくるバータ。直撃を食らったらどうなるか分かったものではない。散発的に飛んでくるバータをかわし、ミシェールの足元辺りまで近寄って、

「聞こえてるかミシェール! もうメイトもフルイドも飲むんじゃねぇぞ!!」
「なんでですー? 美味しいじゃないですかぁー」
「と・に・か・く!! その手にもってるものをこっちによこすんだ!」

と、後ろに肉薄してきたヒルデベアの攻撃を気配だけでかわしながら、ミシェールの説得(?)を続ける。

「やーですよぅー」

こちらの反応を楽しむかのように甘えた声を出してからかうミシェール。なんというか、その辺はレインの性格に近いものがあるんじゃなかろうか。

横から繰り出されるパンチを跳んで避け、上段から振り下ろされる拳を剣で受け止める。ミシェールからなるべく視線を離さずに。ヒルデベアの怒りとも苦悶ともおぼつかない声を聞くなり、向き直ってその腹辺りに掌底を繰り出す。爆圧を食らったヒルデベアは後ろに佇んでいた他二匹を巻き込んで吹っ飛んでいったが、ヴィードは全く気にせず、

「あーもう、くそ! んじゃ、そっち行くからそこを動くなよ!!」

目の前の光景にさして動揺もせず、ミシェールは不思議そうにこちらを眺めていた。しかしヴィードが振り返ろうとする寸前、ひょいと身を屈め、膝を胸に押し付けるようにして腕で抱え込んで座り、

「あー、ヴィードさん、私のコト好きなんでしょー?」

雷が落ちるのと同等の音を鳴り響かせ、ヴィードが盛大にズッコケる。もちろん下がぬかるんでいたせいではないだろう。

「くぉら! 待てオイ、ミシェール!!」
「隠さなくてもいいですよぅー。でもー、ユーリィさんがー可哀想ですよー?」

ミシェールはくすくす笑いながら、ヴィードが何かと世話になっているヒューマンの女性フォース――フォマールの名前を持ち出してくる。目を細め、面白がるように。

「激しくお前の勘違いだ!! 誰が――っと!?」

さすがにヒルデベアも、このころには完全に態勢を立て直していた。それだけでなく、残る三匹が全て怒気をまとって唸りを上げている。ヴィードが言葉を中断したのも、ヒルデベアの一体がこちらに殴りかかってきたからである。が。

「こっちは今たてこんどんのじゃボケェ!! 一旦出直してきやがれぇぇぇ!!!」

かなり言葉遣いが荒くなっているのにも気づかず、それでもヴィードの恐ろしいほど正確な斬撃が急所を切り裂いていく。わずか数撃でヒルデベアを一体屠ると、さらに剣の泳いだ反動で真後ろにいたヒルデベアに正拳突きを叩き込む。再び吹っ飛ぶヒルデベアは無視して、ミシェールのほうへと向き直ると、

「いいか!! とにかくそこで大人しく待っていてくれ!!」

ミシェールは特に反応らしい反応も見せず、ただ膝を抱えたまま笑みを浮かべてこちらを見ているだけだった。だっ、と広場の奥のほうへと駆け出し、高台へと移る転送装置を探す。

「あれか!?」

小さな部屋とでもいうべき広場の奥にあった小さな区画に、緑色の光を放つ転送装置がぽつんとあった。それを発見すると同時、後ろのほうにいたヒルデベアが雄叫びを上げる。

「な!?」

突如としてセンサーが反応する。どこかの木の影にでもいたのだろう――五匹目のヒルデベア。そしてヴィードと転送装置とのちょうど真中に立ちふさがるように降り立ち、身体をひねって右腕から強烈なパンチを繰り出してくる。瞬間的に動いた筋肉が、身体を後方へと飛び退らせていた。しかし、左腕に鈍い痛みが残る。

(――完全にかわせなかったか)

直撃は免れたものの、当たり所が悪かったのか腕が痺れてしまっている。右腕一本だけでは到底ヒルデベアを斬り伏せるのは不可能だった。さらに例の二匹も、一気の跳躍でこちらとの距離を無きものとしてくる。形勢は、はっきりいって悪い。左腕が回復するまでかわしきれるか? 両手を伸ばせばそれで通路が塞がってしまうほどの狭さでは、どの道期待できない。

そして、唐突に光が満ちた。目が灼かれるくらいに強烈な光が、三匹のヒルデベアを貫いていく。甲高い音が響くのは、数千、数万もの光の束が収束していくからだろうか。間を置かず、空に浮かぶ暗雲を貫き、一条の光の槌がヒルデベアの巨体を消し飛ばした。遅れて凄まじい衝撃波が辺りを嘗め尽くす。ニ、三と光の槌は続き、ヴィードは衝撃に逆らいながら身体を伏せる。狙い違わず、三つの光はこの森の王者を一瞬で葬り去った。

最強の光属性テクニック『グランツ』。同じく最強の闇属性テクニックである『メギド』と対を成す、凄まじい破壊力を持つテクニックである。熟練のフォースが操るその光は、星を貫くとさえ言われるほどだ。たとえフォースでも、その習得には困難を極めるといわれるものであるが。言わずとも、誰が放ったものかは分かっていた。

「まさか…………ミシェールがこれを操れるなんてな……」

黒ずんでいく地面を見やりながら、思わず呟きを漏らす。とにかく助けられたのは事実だ。いまだに鈍い痛みを残す左腕を抱え、転送装置を起動させる。

「…………っと」

一瞬歪んだ視界が唐突に光を戻す。位置は高台の手前側。振り向けば、ミシェールがこちらを見下ろしていた場所が映るだろう。予想通りではあったが、やはりミシェールはいない。傍らに残るは、灼けたモネストとモスマントの死骸である。この先に道はない。あるとすれば、それはセントラルドームの地下へと続く空洞への転送装置。音もなく駆け出す。すでにロックが解除された扉を目指し、原生生物たちの骸の横を走り抜けていく。

「ミシェール!!」

幾度、とその名を呼んだだろう。もはやその数さえ分からなくなっている言葉を張り上げ、扉をくぐる。幅の狭い通路を抜け、ちょうどその背に霞みがかるように、ミシェールがいた。

あの悪戯な笑みは浮かべていない。静かに、そして深みのある微笑を、こちらに向けて佇んでいた。だがその霞みの向こう、わずかに見える巨体がミシェールへと近づいている。

(――!?)

その速度は凄まじかった。物も言わせずミシェールへと肉薄する、青い巨体――ヒルデブルー。ヒルデベアの突然変異種といわれる存在で、かつヒルデベアの数倍の能力を誇るものである。さらにその体内の通常の動物には有り得ない特殊な器官が氷を生成し、触れるものの熱を根こそぎ奪っていく。ミシェールはその存在に初めから気づいていたのかどうか。ゆっくりとヒルデブルーのほうに振り返る。その青い巨体を目の前にしてミシェールはどうするのか、こちらからではその表情を読み取ることはできない。

(――まずい! ミシェールにテクニックを唱える時間はない……!)

雄叫びを、狂気に満ちた吼え声を天に上げ、その腕を振りかぶる。対してミシェールは、これといった行動を取る気配がない。長い間嗅いでなかった、あの臭いが――死を現実とする破滅の臭いを嗅ぎ取ったのはその瞬間であった。理性が崩壊していく。そして、セントラルドームに爆音が鳴り響く。

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